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大樹の下で

神話・古史・古伝・民間伝承に関わる、自由な空想を不定期に更新しています。

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かぐやひめ・竹取物語の謎を考える

日本最古の物語(文学)である「竹取の翁の物語」。
「竹取物語」、「かぐやひめ」
などと言った方が通りが良いだろうか?
作者不詳とされ、成立年代は残存する古書の文体から
奈良時代と言われている。

先日、やっと機会を得て
完訳本を読む事となった。

あらすじは
ある時、竹取を生業とするおじいさんが
光る竹を見つけ切ってみたところ
中から小指ほどの大きさの
小さな女の赤子が現れる。
やがて、女の子は瞬く間に美しく成長し
貴族が求婚するも
難題を言い渡しては拒否する。
果ては、時の帝(御門)までが目をとめる始末。
実は、月の姫様で
なにかしらの罪を犯したため
人界に落とされていたという。
そんな、かぐや姫も罪を許され
皆に惜しまれながら
月に戻っていくのである。

ここでお得意の愉しみである空想タイム。

結論から先に言うと
この物語、ある書物に載せる為に考えられたが
ある事情によりボツになったのではないか?
ある書物とは「古事記」だ。
「古事記」の成立は奈良時代である。
また、これだけの見識と文章力を要する作品を
世に残したのだ。
無名の作者とは思えない。
だが、公にはできない理由があった。

「古事記」の作者ははっきりしている。
厳密には”作者”ではなく、
”編者”、あるいは”筆記者”ではある。

「古事記」は、
第40代天武天皇の勅語(直接語られる)により
舎人(とねり)の一人で記憶力に優れる
稗田阿礼(稗田阿禮/ひえだのあれ)により
暗誦された『帝紀』(天皇の系譜)・『旧辞』(古い伝承)を
第43代元明天皇の命令により
太安万侶(太安萬侶/おおのやすまろ)が
編纂したものとされる。

簡単に言い換えれば
天武天皇が代々伝え聞いた天皇家並びに神代の伝承を
部下である稗田阿礼に暗記させたが
筆記する事ができず
元明天皇の代になって
太安万侶にその内容を編纂させたと言うことだ。

さて、この「古事記」だが
未だ偽書ではないかと疑われることもある。

内容は日本の神話から始まり
第33代推古天皇までの伝承・逸話を
3巻に分けて記している。

前置きが長くなったが
なぜ私は「竹取物語」が古事記からもれた話だと
考えるにいたったか。

最大のキーワードは”月”である。

日本神話における月神は
三貴子のひとり。
月読命(つくよみのみこと)である。

天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟にして、
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の兄にあたるにも関わらず
はなはだ、活躍の場のない神様だ。

ずばり言おう!
「竹取物語」の”かぐやひめ”とは
この月読命(つくよみのみこと)だ。

つまり、この話は
月読命(つくよみのみこと)の逸話を
物語に仕立て上げたものなのだ。

ここで多くの方が疑問符を乱発していることだろう。

月読命→男
かぐやひめ→女

この空想のミソはこの性の反転にある。
月読命が男でなければならなかった為に
「古事記」に入れる事が出来なかったのだ。

何故、月読命が男でなければならなかったのか?
それは、太陽神”天照大神(あまてらすおおみかみ)”が
女でなければならなかったからだろう。

天照大神が元は男神であるという説は
結構有名な話だ。
その妹、あるいは伴侶が
月読命なのだ。

世界中の多くの神話において
月の神は女神である事が多い。
夫である太陽神が男神だからだ。

日本では女王の治める邪馬台国から
大和朝廷へ覇権が遷る過程で
その正当性の主張の為には
女王の権威が必要だった。

それが男神”天照大神”を女神に変えた。
そして、対となる女神”月読命”は男神へと
変じたのではないだろうか?

元々「竹取物語」のあらすじは
主人公が女でなければならない。
だが、本来主人公である月読命は
男でなければならない。

だから「古事記」に入れることができなかった。

最大の逸話がボツになってしまった
月読命は、かくて活躍の場を奪われ
三貴子とまで呼ばれる高い位にありながら
埋没するのだ。

だが、この「竹取物語」は
分割再編されて「古事記」に記されているように思う。

そのあたりのヒントは
罪により人界に落とされる神がいる。
人間の寿命が決まる話はある女神が関わり
月の満ち引きと深く関わる海神とつながりがある。

私は思う。
編者”太安万侶”は
本来光り輝く美しい女神を葬り去ることを
不憫に思い、
特別に物語として残したのではないだろうか。
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テーマ:古典文学 - ジャンル:小説・文学

2007-10-08 04:14:43

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コメント

く~感激(嬉)

レスありがとです♪
↑この表現に苦笑↑

「月ぞ有明」とはよく言ったもので。
月への幻想は消えうることありません。
正直なところ、どんなレスを頂戴するのか、
ひやひやしておりました(笑)
その私的(かつ詩的)で感覚的な部分は多いに共感いたします。
こちらは、不気味なほど月が明るい。

今夜は、
リアルにルナリアン想像中・・・。

楽しい夜になります。

あ、私が一番興味ある「方角」は、
エジプトからヨーロッパのあたりです。

ではまた。

良い切り口(笑)

凶樹さん、いらっしゃいませ(笑)。

いやいや、良い切り口ですよ(笑)。
実は、バッサリ切り捨てる答えもあるのですがね(苦笑)。
それは、どういう事かと言えば
竹取物語の文章の流れで言えば
かぐや姫自身が月の住民であることを思い出し、
私は月から参りましたと言っているので
月から来たのだから、
月に帰るという表現になるわけです(苦笑)。

でもこれは単なる物語の文章的なお話で、
月が当時の人にとってどういう認識であったのか?という疑問は中々面白い。

奈良時代と言えば、
すでに朝廷に大陸から仏教が流入して定着していることを考えれば、
時の教養人の月の認識は、現代人の我々ほど科学的根拠があったわけではないにしろ
天体としての認識はあったと思われます。
仏教及び密教において、
あるいは、神道とも結びついている陰陽道において
太陽・月・星は歴と占いにおいて、大変重要であったことは間違いありません。
ただし、これが一般民衆となると話が変わる。
識字率も低く、知識のない大衆の認識はどうであったのか?
私的に感覚的な答えを出すとすれば
月はまぎれもなく異世界、神の領域と思われていたのではないでしょうか?
私のように東京に住んでいると
月の光は弱く、感じることができませんが、
まだ闇の濃い地域に住んでいると思われる凶樹さんややわたうまさんならば
月の光が一筋に自身に降り注ぐ様は
時に月への光の道に見えたりしないだろうかと・・・。
月から訪れた天人が
その月の光の道を辿り月へと帰る。
古代の人々はそういう想像をできたのではないでしょうか。

横からすいません

こんちは。
じっくり拝読いたしました。
かなり深くて楽しいっ!

論じられておられる内容とは、まったく別なコメントを御許しくだされm(_ _)m

私、なぜに「月に帰ったのか?」が気になる性分で。話のオチとしては、綺麗かもしれんけど。
当時(奈良?)、月に帰るとゆうことに文書的説得力があったとすれば?(なぜかかたりべ的なオチで納得してしまう場所、とゆう意味で)
果たして、月はいかなる存在であったのか?

夜空が「異界」への入り口と考えると、月は「天体」として認知されておらず、夜空にぽっかり開いた「穴」とされていたのかしら?なんて思います(^-^)

夜空で一番大きく輝くから目立つけど。帰るところ、と考えると・・・。

ではまた。

今後とも、ズレたところからカキコするかもしれませんが、よろしくです♪

月氏

私物化というか、まだ他についてこれる方が現れていないので(爆)。
というか、いるのか?(核爆)。

月氏を持ち出しますか(笑)。
実は、竹取物語の事をネットで調べているとき
WikiPedia の竹取物語の項目に、類似の話が有る事が書かれていました。
「斑竹姑娘」というタイトルだそうで、
四川省アバ・チベット族の民話だそうです。

一説には月氏はチベット民族であるとも言われていますから
あながち的外れじゃないのかも(笑)。
月氏も記録を残さなかった民族なので
謎の多い一族ですからねぇ。

得心!(笑)

こんばんは、なんか私物化してますが。。。^^;

 なるほど。海洋民と大陸民の違いかぁ~思い当たる事が沢山あります(爆)
 それに確かに言われて見ると狩猟民族ほど女性の地位は低い気がしますし。三国時代とか戦国時代とか、その様な時期が長期にわたるほど封建的な家長制度は強化されますからね。。。
 なるほどぉ~

 赫夜姫に関しては、そうなんですけど、ここはやっぱり出雲に関連付けたいな。。。(爆)
 さらには、もうちょっとトンデモなところで、かぐや姫が月氏と関係があるとか。。。(笑)

 いや、楽しいですね(笑)

男尊女卑の考え

こんばんわ!やわたうまさん(笑)。

やわたうまさんは、古代から男尊女卑の思想が根本にあると考えているのですね(苦笑)。
私はそうは思っていないのです。
古代王朝のいくつかには、必ず女王がいますよね。
サバ(シバ)、クレオパトラ、卑弥呼・・・
王権を民衆がどう捉えているかが問題で、
肉体的な力(戦闘能力)を不可欠と考えるならば
当然男が王とならなければいけませんが、
精神的な力を重視するのであれば
女でも良いのではないでしょうか。
また、邪馬台国や琉球王朝の民族は海洋民だったと思うのですが
力の強い男は海に出て、いつ何時戻ってこれないとも限りません。
いざという時、家を守らねばならないのは女性です。
部族、国家というものが、個々の家族の延長と捉えるならば
家長は実質的に女性なのですから、女性が国王となるのに何も不思議を感じないのです。
くしくも、やわたうまさんが例に挙げたクレタもクレタ島という小さな国土の文明で、その生活を支えたのは海でしょう。
男尊女卑の考え方は、陸地を生活の生業とする民族の思想で、
海洋民の思想では、女性の地位は高かったと思うのです。
竜宮城の支配者は乙姫ですし、海を相手とした民族の思想では
決して男尊女卑とはいいきれません。
北欧のヴァイキングなどでも、王こそ男性でしたが
家長は女性だったと記憶しています。

かぐや姫の当て字には、”赫夜姫”というのがあります。
これって明らかに夜を照らす火ですよね。
鍛冶というより、竈の火なんじゃないのか?
なんて考えたりもします(笑)。

最後に、やまたのおろちの話は、鍛冶の民、つまりタタラの技術集団の掌握だとも言われてますから、かぐや姫と鍛冶が関連するとするなら、それを為したのが素戔嗚尊というのが、いよいよ怪しさを増してきますね(爆)。

気になる男尊女卑のはじめ

こんばんは(笑)

 お仲間増えるといいですね~(笑)
 真面目に考えても、妄想化していても、どちらでも楽しそうですもんね(爆)

 そうか、シャーマンが神の伝達者と考えれば女王統治も可となる訳ですね。でも、するとやはり気になるのは男尊女卑の時代に、何故それが可なのかですね。。。

 相当に古い時代は、女性が主導権を握っていたという説がありますよね。殆んどの国(民族)で、最も古い神は地母神、豊饒の神様が多いというところから来る説ですけど。
 日本でも神武東征以前、つまりは縄文期などはそうだったのかな。。。?

 現実的に女性が実験を握れた国は殆んどありませんが、唯一それらしい国?はクレタ文明ですよね。
 ギリシャ文明の原点と言っても良いかと思いますが、記紀神話とギリシャ神話の類似点など、もしかしたらその辺の共通点があったのかな。。。

 かぐの語源については、確かにそういう説もありますよね。あえて当て字をすれば「火具」という事になるのかな?
 影という意味だとすれば、これは光と一対の関係なので、まさに天照と月読の関係とも取れますね。。。

 「火具」の場合、これもやはりギリシャ神話との関係を指摘できますよね。キュクロプス、巨人族が鍛治の神であったという点ですが、どちらの神話でも嫌われ者として煙たがられています。
 日本で言えば、鍛治といえばタタラの出雲が浮かびますし、この辺の国譲りなど、妙に邪馬台国とダブる気もします。
 まさか「やまたい」が「やまたのおろち」なんてオチにはならないだろうけれど(爆)

PS。ケルトの方もコメント入れたいですけど、最初から飛ばしすぎると息切れしますので自重します(爆)

いらっしゃいませ

やわたうまさん、いらっしゃいませ(笑)
気軽にとんでも話ができる仲間が増えるといいんですがねぇ(爆)。

さて、さっそくレスをば!
邪馬台国が女王でなければならなかった理由について私はこう考えます。
それは王権の捉え方のひとつの形です。
神との繋がりにより王権(統治権)を主張する場合、世界的に見て圧倒的に多い形は王族が神の一族、もしくは神の化身と主張するものですよね?
実際、大和朝廷における天皇は、このパターンになっています。
ですが、邪馬台国の場合、王とは神との交信者、つまり神との繋ぎ役であって、神の一族でも化身でもないわけです。
シャーマンとは本来男女の区別がありませんが、邪馬台国や琉球においては明らかに女性の役目です。
慣例的あるいは本来的に女性の役目であると民族が認識しているのであれば、当然首長つまり王権は女王という形に落ち着くのではないでしょうか。

続いて、天照大神の男神説はいくらでも理由付けできますよね(苦笑)。
ただ、やわたうまさんの書かれた説でもそうですが、記紀神話における三貴子というのは、裏にある種の事実を踏まえ、整合性をとられたものであるのは、ほぼ間違いないでしょう。
そもそも、この三という数字にこそ意味があると考えれば、三位一体の思想が見え隠れしますし(ご存じユダヤ同祖論)、天津神・国津神の考えからは二元論が伺えます。

こういった宗教的思想体系を元に天皇の正当性を明らかにするために記紀神話が形作られたと考えるのが自然ですよね。
日本神話というのは、注意深く編纂された世界最大級の物語のひとつと言えるかもしれません(苦笑)。

最後にかぐや姫という名前ですが、
垂仁天皇妃である迦具夜比売(かぐやひめ。大筒木垂根王の女)からイメージにあう名前として取られたのか、もともと某かの女神の異名として語り継がれていたものなのかその辺を考えるのも面白そうです(笑)。

因みに、”かぐ”という言葉ですが、ここで言う輝きは太陽の光という意味合いと、炎の輝きという意味合いと、どちらが近いと思いますか?
火神かぐつちのかぐは当然同じかぐですよね。
これの場合、炎の輝きをしめしますが、
これとは別に、かぐが影の語源という話もあるようです。
元々影という言葉は光を表わす言葉だと言うのです。
あるいは、輝きという視覚的なゆらぎを表わす言葉が、本来のかぐなのかもしれません。

大好きな臭いが。。。(笑)

ロウワイズさん、おめでとうございます(笑)

 いやいや御挨拶文いけてますね。まるで私のために作ってもらったような錯覚に陥ります(爆)

 でも、そう来ましたか(笑)
 天照と月読の反転現象。。。神話の世界には良くあるケースのような気もしますし、、、なるほど。。。

 話題はそれますが、邪馬台国の時代、何故女王でなければいけなかったんでしょうね。。。
 卑弥呼がシャーマンとして特別な能力を発揮していたとしても、それだけでは女王統治の理由としては弱い気がして、いつも引っかかるんですよね。。。

 誰だったか思い出せ無いのですけど、もともと天照は男性神で、古事記等に帰されている須佐之男の反乱があった時に政治に嫌気を指した天照は逃げ出していなくなったと言っていた人がいました。
 その王の後を継いだのが王女で、天照の名を継いだのはないかと。。。
 岩戸隠れの話も、実はそれを転訛した物語ではないかというのです。

 かぐや姫のかぐやも輝かしいという意味ですから、本来なら太陽神に当てられるのが相応しい気もしますし。。。
 整合性を持たせるため、、、というのも、何となく解るような気がします。。。

 かぐや姫は竹の中から現れましたが、竹は節々があることから節目、、、つまり正統な後継者の象徴として使われることがあるそうです。実際、中国の占いでは竹は長男の象徴と同じですからね。。。
 という事は、もしかしたらかぐや姫の話は正等後継者の主張が秘められているのでは。。。と思っていました。

 考えても結論は出せそうにないですけど。。。(笑)

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神話・古代史に思いを馳せる。
と言うと格好良いですが、実際は、
”空想にはお金がかからない”
という事で。。。
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